新米数学博士の数学談話室

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数学基礎論からじっくり議論するブログです。

小話Vol.2:ベクトル場とトポロジー②

明けましておめでとうございます!ルシアンです。

今年もよろしくお願いします^ ^♪

 

今回は、小話「ベクトル場とトポロジー」の続きになります。

前回→小話Vol.1:ベクトル場とトポロジー① - 新米数学博士の数学談話室

 

前回のおさらい

前回は、

問題:与えられた閉曲面上で「零ベクトルが現れないベクトル場」は存在するか?

という問題について考えました。

例えば、下図の左側の、トーラス上のベクトル場には零ベクトルが現れません。

一方、右側の球面上のベクトル場は、北極と南極に零ベクトルが現れています。

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ただし、この右図の例は無数にある球面上のベクトル場のたった一つにすぎません。

上の問いに対して、「球面上で『零ベクトルが現れないベクトル場』は存在しない」という結論を出すためには、無数にある全てのベクトル場を調べなければならないのでした。

しかし、この問題は「オイラー数」を用いた次の定理により、あっさりと解かれてしまうのでした。

 

定理:任意の閉曲面 Sについて、次のことが成り立つ。

 S上で「零ベクトルが現れないベクトル場」が存在する \Leftrightarrow  Sオイラー数は0

 

本日はこの定理の証明について、少し詳しく探ってみたいと思います!

 

球面上の“とても惜しい”ベクトル場

球面の上だけでベクトル場を考えようとしても、なかなか正確な議論はできません。

そこで、球面

 S^2=\{(x,y,z) \in \Bbb{R}^3 \mid x^2 + y^2 +z^2 =1\}

を、平面

 \Bbb{R}^2 =\{(x,y,z) \in \Bbb{R}^3 \mid z=0 \}

に写し取って、平面上の議論に置き換えることを考えてみましょう。

 

ここでは特に、北極 (0,0,1) \in S^2を基準に写し取る方法を考えます。これは、次の手順で行うことが出来ます。

  1.  S^2上の点 (x,y,z) \neq (0,0,1)を一つとります。
  2. すると、 (x,y,z) (0,0,1)を通る直線 lが定まります。
  3. この直線 l \Bbb{R}^2は点 (\frac{x}{1-z},\frac{y}{1-z},0)で交わるので、 f_N(x,y,z):=(\frac{x}{1-z},\frac{y}{1-z},0)と定めます。

このようにして得られる対応 f_Nによって、 S^2 (0,0,1)以外の全ての点を、 \Bbb{R}^2の点に写し取ることができます*1

 

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実は、この対応 f_Nを使うと、“とても惜しい”ベクトル場を作ることができます。

どういうことかというと、「 (0,0,1)以外では零ベクトルが現れないベクトル場」を作ることが出来るのです。

実際に手順を見てみましょう。

  1. まず、 \Bbb{R}^2に、「零ベクトルが現れないベクトル場」を描き込みます。(例えば下図左のように、全ての点にx軸方向の単位ベクトルを乗せます。)
  2. 次に、 f_Nを使って、 S^2上にそのベクトル場を書き写します。(下図右)
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この手順を踏めば、数学的にも厳密に「 (0,0,1)以外では零ベクトルが現れないベクトル場」を作ることができます。

 

しかし、最初に紹介した定理のことを考えると、このベクトル場を (0,0,1)の上にまで拡張しようとすれば、

 (0,0,1)に乗っかるのは絶対に零ベクトルでなければならない

という現象が起こることになります。一体、 (0,0,1)では何が起こるのでしょうか?

 

ベクトル場を「別の対応」で観察する

 (0,0,1)についてもっとよく観察するために、 f_Nとは別の対応を考えてみましょう。

といっても、考えるのは北極 (0,0,1)を南極 (0,0,-1)に置き換えるだけです。

式としては、 f_S(x,y,z):=(\frac{x}{1+z},\frac{y}{1+z},0)にあたります。

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こうすると、(0,0,-1)が写せなくなる代わりに、(0,0,1)は原点に写され、その周りもよく観察できるようになります。

 

 では、実際に観察してみましょう。ここでは見通しをよくするために、 \Bbb{R}^2内の円周 S^1 = \{(x,y,0)\in \Bbb{R}^2 \mid x^2 + y^2 =1\}の近くに着目してみます。

まず、 S^1の近くのベクトル場を f_Nで書き写すと、下図のようになります。

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ここで、左図の黄色い面は、右図では球面の内側に移ることに注意してください。

次に、このベクトル場を f_Sで書き写せば、下図のようになります。

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このときは、左図の外側が右図の緑面に移っています。

ちょっとこの変形を注意深く見てみましょう。

始めの黄色い絵では、全てのベクトルが一斉に右を向いています。しかし、 f_N, f_Sによって書き写していくと、最後の緑色の絵ではベクトルはぐるぐると回ってしまっています。

 

特に、よく観察してみると、円を一周する間にベクトルは2周しています

よって、このベクトル場を原点(0,0,0)=f_S(0,0,1)まで延長しようとしても、

原点の周囲でベクトルが激しく回転しているため、原点でのベクトルの方向が定まらない

という現象が起こり、

ベクトルの大きさを0にするしかない

という結論に至るのです。

 

この現象は、

球面上のベクトル場は、平面と比較すると“2周分だけ捻れている”

という事実を象徴しています。そして、この「2」というのが、オイラー数によって決まっているのです。

実際、

オイラー数が nの閉曲面上のベクトル場は、平面と比較すると`` n周分だけ捻れている"

という事実が成り立ちます。

ただ、この“ n周分だけ捻れる”ということの厳密な定義や、「なぜこのn周がオイラー数と一致するのか?」という根本的な疑問を解決するためには、色々な数学を準備する必要があります。

 

あとがき

今回、2回にわたって「ベクトル場とトポロジー」というテーマでお話してきましたが、いかがだったでしょうか?

この記事が、トポロジー多様体論などに興味を持っていただくきっかけになれば嬉しいです^ ^

今回の記事は、

を参考に書いています。

 

この後は、少し詳しい方向けの付録です^ ^

 

付録:数学的背景について

多様体論を学んだ方ならお気づきだと思いますが、今回の記事では「球面の局所座標系」を暗に考察に用いています。

特に、図で説明していた座標変換 f_S \circ f_N^{-1} については、式で考えると非常に明快で気持ちが良いです!実際、

 f_N^{-1}(x,y,0)= \left( \frac{2x}{1+x^2+y^2},\frac{2y}{1+x^2+y^2}, \frac{x^2+y^2-1}{1+x^2+y^2} \right)

となりますが、極座標を用いれば、

 f_N^{-1}(r \cos \theta,r \sin \theta,0)= \left( \frac{2r \cos \theta}{1+r^2},\frac{2 r \sin \theta}{1+r^2}, \frac{r^2-1}{1+r^2} \right)

ここに f_S(x,y,z)= \left( \frac{x}{1+z}, \frac{y}{1+z} \right)を合成すれば、

 f_S \circ f_N^{-1}(r \cos \theta,r \sin \theta,0)= \left(\frac{1}{r}\cos \theta, \frac{1}{r} \sin \theta , 0 \right)

となり、まさに「円環領域の裏返し」が起こっているとわかります。

他にも、 f_S \circ f_N^{-1}ヤコビアンを計算して、 \frac{\partial }{\partial x}の像を円周に沿って動かしていくと2周ぐるぐる回る様子が記述できます。

よかったらやってみてください^ ^♪

 

*1:この記事における「対応」という言葉は、いわゆる「同相写像」を指しています。