新米数学博士の数学談話室

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数学基礎論からじっくり議論するブログです。

小話Vol.4:「コホモロジー」の意味を考える①

こんにちは!ルシアンです。

今日は、Twitterにて宣言していた「コホモロジー」の記事を書きたいと思います^ ^

 

みなさんは「コホモロジー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

コホモロジー」はトポロジーの研究から誕生した概念で、今では多くの数学の中に見いだされ、分野を問わず大事な存在となっています。

 

しかし、双対をなす「ホモロジー」に比べると、「コホモロジー」はイメージするのが難しく、なかなか親しみがもてないという人も多いかもしれません>_< 

そこで本日は、

「昨日よりコホモロジーと仲良くなる」

を目標に、コホモロジーの幾何的な意味について考えてみたいと思います!

 

※この記事は「単体複体のホモロジー」を勉強したことがあると、大分読みやすくなると思います。

「勉強したことない」という方は、先に佐野岳人さんの記事

taketo1024.hateblo.jp

を読むことをオススメします^ ^♪

 

曲面上で、‘‘エネルギー”を観測する

今日は簡単のため、三角形で分割された曲面のみを扱っていきます。

具体例としては、「正方形から正方形を切り取った」ような次の図形を考えてみましょう。

f:id:Lucien0308:20180428183419g:plain

この図形は、

  • 頂点(vertex): v_1, v_2, \ldots
  • 辺(edge): e_1, e_2, \ldots
  • 面(face): f_1, f_2, \ldots

で構成されているとみることができます。

 

 

これから、この曲面を舞台にして、

「様々な‘‘エネルギー”を観測する」

ということを考えてみましょう。

 

観測方法は3種類

そもそも「いきなり‘‘エネルギー”ってなに??」と思ったかもしれませんが、具体例としては色んなものが当てはまります。

この具体例は、「3つの異なる観測方法」を説明する中で紹介しましょう^ ^

 (今回は、3つの観測方法のうちの2つを紹介します!)

 

観測①:‘‘各地点におけるエネルギー”を観測する

まず、もっとも素朴な観測方法として、

「‘‘各地点におけるエネルギー”を観測する」

ということを考えましょう。

この具体例としては、「高さ」を考えるのが最も分かりやすいかもしれません。

 

そして、実際に‘‘エネルギーを観測する地点”として、全ての頂点を観測地とすることにします。

例えば、具体的な観測結果として次の図を考えてみましょう。

f:id:Lucien0308:20180428222901g:plain

このような観測結果が得られたとすると、例えば

「右下が海で、上側が高台なのかな」

「右下から左上までの最も緩やかな経路はどれだろう?」

などと想像を膨らませる事もできますね。

 

このような観測方法で得られた結果から、「頂点全体の集合」上の関数

 \varphi :\{v_1, v_2, \ldots \} \to \Bbb{R}

が得られます。この \varphi0次コチェインと呼びます。*1

 

観測②:2地点間の‘‘向きのあるエネルギー”を観測する

 次は、

「2地点間の‘‘向きのあるエネルギー”を観測する」

という方法を考えましょう。

これは、上の例の「高さ」に合わせるなら「標高の変位」や「勾配」と見なすのがふさわしいでしょう。

他にも、「風力」や「磁力」などでもよいです。

 

そして、この‘‘向きのあるエネルギー”の観測地点として、全ての辺を観測地とすることにします。

例えば、具体的な観測結果を図に描くと次のようになります。

(このとき、各辺には向きが指定されていることに注意してください。)

f:id:Lucien0308:20180429002451g:plain

そしてこの観測方法からは、「辺全体の集合」上の関数

 \psi :\{e_1, e_2, \ldots \} \to \Bbb{R}

が得られます。この \psi1次コチェインと呼びます。

 

「0次コチェイン」から「1次コチェイン」を得る

ここまで2種類の‘‘エネルギーの観測方法”と、その観測結果として得られる写像

0次コチェイン  \varphi :\{v_1, v_2, \ldots \} \to \Bbb{R}

1次コチェイン  \psi :\{e_1, e_2, \ldots \} \to \Bbb{R}

を見てきましたが、これらには次の関係があります。

事実:0次コチェイン \varphiごとに、1次コチェイン \delta \varphiを構成できる。

この構成を実際に見ていきましょう。

 

いま、一つ  e_i という辺を選んだとします。

さらに、この  e_i に向きを指定して、頂点  v_{i_1} から頂点  v_{i_2} に向かっていると見なします。

f:id:Lucien0308:20180429011532g:plain

このとき、「 v_{i_1} から  v_{i_2} への  \varphi の変化量」を  \delta \varphi と定義します。特に、数式にすると

 \delta \varphi (e_i) := \varphi(v_{i_2}) -\varphi(v_{i_2})

となります。

 

これを全ての辺に実行すれば、1次コチェイン  \delta \varphi が得られるわけです。

実際、上に示した1次コチェインの具体例は、実は先に示した0次コチェインから構成したものになっていました。

今一度見比べてみて下さい^^

f:id:Lucien0308:20180428222901g:plain
f:id:Lucien0308:20180429002451g:plain

このように、0次コチェイン  \varphi から得られる1次コチェイン  \delta \varphi次コバウンダリと言います。 

 

コサイクル条件=「局所的な‘‘エネルギー保存則”」

ここで、次のような問題を考えてみましょう。

問題: \delta \varphi=0 (全てを0に写す関数)となるような  \varphi はどんな0次コチェインか?

この問題を解こうとして0次コチェインを全部調べようとすると埒が明かないので、

 \delta \varphi=0

という条件を少しじっくり考えてみましょう。

 

 \delta \varphi=0」が成り立つということは、

全ての辺  e_i について

 \varphi(v_{i_2}) - \varphi(v_{i_1}) = \delta \varphi(e_i)=0

 つまり

 \varphi(v_{i_1}) = \varphi(v_{i_2})

が成り立つことを意味しています。

これを言葉で表すと、

「辺で結ばれた頂点の間では、 \varphi の値は変化しない」

ということになります。また、別の言い方をすると、

「辺で結ばれた頂点の間では、 \varphi の保存則が成り立つ」

 とも捉えられますね。

 

この考察を私たちの具体例に当てはめてみましょう。

この具体例には頂点が16個ありますが、全ての頂点はいくつかの辺をつないでいくことで結ぶことが出来ます。したがって、結果的に

 \varphi(v_1)= \varphi(v_2)= \cdots = \varphi(v_{16})

が成り立つことが分かります。

この結論をまとめると、この具体例の場合は

 \delta \varphi=0  \Rightarrow  \varphi は定数関数」

という結論が得られます。

f:id:Lucien0308:20180429023522g:plain

一般に、条件「 \delta \varphi=0」をコサイクル条件といい、コサイクル条件を満たす0次コチェインのことを0次コサイクルといいます。

そして0次の場合は、この0次コサイクルの集合がそのまま0次コホモロジー H^0となります。

例えば、この具体例の  H^0

 H^0 = \{ 実数値の定数関数全体  \} \cong \Bbb{R}

を満たしています。*2

 

「大域的に保存則が破綻する」 \Rightarrow 「世界に‘‘隔たり”がある」

では、

 \delta \varphi=0  \Rightarrow  \varphi は定数関数」

 という結論は、これまで考えてきた具体例以外でも通用するのでしょうか?

実は、そう単純にはいきません。そして、ここに

コホモロジーが世界の形を測る力

の一端を見ることが出来ます。

 

例えば、今まで考えてきた例について、中央の4つの三角形を取り除いてみましょう。

そして、

  • 頂点  v が左側の島に属するなら、 \varphi(v)=0
  • 頂点  v が右側の島に属するなら、 \varphi(v)=1

というルールで  \varphi を定めます。

f:id:Lucien0308:20180429033016g:plain

すると、この  \varphi は定数関数ではないですが、 \delta \varphi = 0 を満たすのです。

これは、

「左の島と右の島を結ぶ辺が存在しない」=「世界が連結していない」

という事実をコホモロジーが捉えていることを意味します。実際、この例の0次コホモロジー H^0

 H^0=\{ 左の島上の定数関数  \} \times \{ 右の島上の定数関数  \} \cong \Bbb{R}^2

となります。

 

あとがき

ここからが面白いところではあるのですが、ひとまずここで一区切りしたいと思います^ ^

今日の記事を通して、コホモロジー

  • ホモロジーよりも壮大なスケール観を持っている
  • ホモロジーを介さなくても、幾何的な意味を持って構成できる

という側面を垣間見ていただけたなら嬉しいです♪

今回の話は、この後も

という風に展開したいので、あと2回は続けるつもりです。よかったらお付き合いください^ ^♪

 

 

*1:一般には、「0次チェイン複体(=頂点全体が生成するベクトル空間)から  \Bbb{R} への線形写像」を(実数係数の)0次コチェインと呼びます。

*2:今日は  H^0 に代数構造を入れていませんが、‘‘ \cong”はベクトル空間の間の線形同型として正当化できます。

小話Vol.3:関数の「無限小バトル」と「微分可能性」

こんにちは!ルシアンです。

新年度、みなさんはよいスタートが切れているでしょうか??

 

私は年初めに掲げたブログ計画を全く達成できていないのですが、年度が明けて気持ちが前向きになってきたので、そろそろ頑張りたいと思っています^^

 

それで、シリーズの続きを…と行きたいところなのですが、今日はちょっと思いつきで「微分」に関連する小話を書いてみたいと思います。

 

関数同士を競わせてみる

今日の話の主役は「関数」です。*1

つまり、ある実数 xから、別の実数 f(x)への対応を考えます。

具体的には、

 f(x)=ax+b f(x)= ax^2 + bx +c f(x)=\sin x f(x)= \cos x f(x)= \tan x f(x)=a^x f(x)= \log_a x

などなど、高校までの間にも色々と習っていると思います。

 

これらの関数の、

 y切片、導関数、グラフ 、 \ldots

などの「関数の性質」については、高校でも教わると思います。

この記事では、ちょっと趣向を変えて、

「関数同士を競わせる」

ということを考えてみましょう。さながら、関数同士にスポーツをさせるようなイメージです^ ^

具体的には、関数の「無限小バトル」という競技を考えてみたいと思います。

 

「無限小バトル」の参加資格

まず、今回の「無限小バトル」に参加できる関数は、次の条件を満たすものだけとします。

  •  f(x) x= 0の近くで定義されている。
  •  \underset{x \to 0}{\lim}f(x)= f(0)= 0

つまり、 f(x)は「 x=0のまわりで、限りなく 0に近づいていく関数」に限るということです。

 

これは一見厳しい条件に見えるかもしれませんが、実は好きな関数 f(x)から、参加資格をみたす関数を簡単に作ることが出来ます。

実際、 f(x) x=aの近くで定義されているときは、

 \widetilde{f}(x):=f(x+a)-f(a)

とおけば、この \widetilde{f}(x)が参加条件を満たします。

この方法を、上に並べた関数に実際に適用すると、

 \widetilde{f}(x)=ax \widetilde{f}(x)= ax^2 + bx \widetilde{f}(x)=\sin x \widetilde{f}(x)= \cos x -1 \widetilde{f}(x)= \tan x \widetilde{f}(x)=a^x -1 \widetilde{f}(x)= \log_a (x+1)

のようになります。*2

 

 

「無限小バトル」の対戦ルール

では、次は「無限小バトル」の対戦ルールを見ていきましょう。

まず、参加条件をみたす2つの関数 f(x), \ g(x)を用意します。

この2つの関数について、

 x 0に近づけるとき、どちらがより急速に 0に向かっていくか」

によって勝敗を決します。これを

「どちらの値がより急速に小さくなるか」

と言い換えると、より「無限小バトル」の雰囲気が出るでしょうか。

 

より厳密には、

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{f(x)}{g(x)}  \end{equation}}

の振る舞いを見ることで勝敗を決めます。

例えば、

 f(x)の方が g(x)よりうんと速く小さくなる」

ならば、分母より分子の値の減少スピードが勝り、 \frac{f(x)}{g(x)} \to 0 となりそうです。一方、

 g(x)の方が f(x)よりうんと速く小さくなる」

 ならば、分母の値が急速に小さくなることで  \frac{f(x)}{g(x)} は発散すると予想できます。また、 

 \underset{x \to 0}{\lim} \frac{f(x)}{g(x)} が実数  \alpha \neq 0 に収束する」

という可能性も十分あり得ます。この場合は、比の観点から

  •  |\alpha| \lt 1 なら  f(x) の勝ち
  •  |\alpha| \gt 1 なら  g(x) の勝ち
  •  |\alpha| =1 なら 引き分け

と考えてみましょう。

 

これで、たいていの場合の勝敗はつきそうですね。まとめると、

  1.  \underset{x \to 0}{\lim} \frac{f(x)}{g(x)}=0 ならば、 f(x) の圧勝
  2.  \underset{x \to 0}{\lim} \frac{f(x)}{g(x)}=\pm \infty ならば、  g(x)の圧勝
  3.   \underset{x \to 0}{\lim} \frac{f(x)}{g(x)}= \alpha \neq 0のときは、
  •  |\alpha| \lt 1 なら  f(x) の判定勝ち
  •  |\alpha| \gt 1 なら  g(x) の判定勝ち
  •  |\alpha| =1 なら 引き分け

 となります。

 

この「無限小バトル」は私の思いつきというわけではなく、大学の微分積分学の教科書で「高位の無限小」などといった言葉で扱われている概念にあたります。

実際、ルール1または2で勝敗を決する時、

 x \to 0において、“勝者の関数”は“敗者の関数”より高位の無限小である」

といい、ルール3で勝敗を決する時、

 x \to 0において、 f(x) g(x) は同位の無限小である」

といいます。

例えば、有名な公式

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{\sin x}{x} =1 \end{equation}}

 は、

 f(x)= \sin x g(x)=x は無限小バトルにおいて『完全に互角である』」

ということを意味しているわけです。

こんな風に考えると、関数を登場人物にしたバトル漫画などが浮かんできませんか?^ ^笑

 

微分可能な関数」=「 g(x)=x と互角以上の奴ら」

さて、ここまでくると、実際に色々な関数同士を戦わせてみたくなると思います。(…ならない?笑)

しかし、実際の極限計算はめんどくさそう…と思いませんか?

実は、「初等関数の微分」を習った方は、既に多くの関数同士の勝敗を知っているのです。

 

まず、 x=aの近くで定義されている好きな関数 f(x)を用意します。

このとき、 \widetilde{f}(x)=f(x+a)-f(a) g(x)=x で無限小バトルをしてみると、

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{\widetilde{f}(x)}{x} = \lim_{x \to 0}\frac{f(x+a)-f(a)}{x} \end{equation}}

の極限が問題になります。

 これはまさに、 f(x) x=a における微分可能性を定める極限です!そして、

 f(x) x=a において微分可能」  \Leftrightarrow \widetilde{f}(x) g(x)=xに圧勝する、または判定にもつれ込む」

という結論が得られます。特に、ルール3が適用される場合は「 \alpha= f'(a)」となるわけです。

 

さらに、 g(x)=x と判定までもつれ込む関数同士(つまり、 g(x)=x と同位の関数同士)であれば、

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{f_1(x)}{f_2(x)} = \lim_{x \to 0}\frac{\frac{f_1(x)-f_1(0)}{x}}{\frac{f_2(x)-f_2(0)}{x}} = \frac{f'_1(0)}{f'_2(0)} \end{equation}}

 となり、導関数から勝敗を決めることができるわけです。

 

さらなる発展性:高階導関数との関係

この話、「たまたま上手くいっているだけでは?」と思う方もいるかもしれませんが、私はこの「無限小バトル」こそ、「微分」の一つの本質だと考えています。

それが垣間見える話として、最後に高階導関数の話も少ししましょう。

 

上の話を通して、

 g(x)=xと同位の関数については、導関数を見ることで勝敗がわかる

ということが分かったと思います。

一方、 g(x)=xより高位の関数同士については、「微分可能」ではあるものの、極限は

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{f_1(x)}{f_2(x)} = \lim_{x \to 0}\frac{\frac{f_1(x)-f_1(0)}{x}}{\frac{f_2(x)-f_2(0)}{x}} = \frac{0}{0} \end{equation}}

 となってしまうため勝敗が分かりません。

しかも、 f(x) g(x)=xと同位の関数のとき、

 \bar{f}(x):=f(x)- f'(0)x

とおいてしまえば、

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{\bar{f}(x)}{x} = \lim_{x \to 0}\frac{f(x)-f'(0)x}{x} = \lim_{x \to 0}\frac{f(x)}{x} -f'(0) = 0 \end{equation}}

 となるため、簡単に g(x)=xより高位の関数が作れてしまいます。

 

では、ここで手詰まりか?と思うとそうではなく、今度はこの  \bar{f}(x) g(x)= x^2 を競わせることで、 \bar{f}(x)の“強さ”を計ることができます。実際、ロピタルの定理 が使える場合は、

{ \displaystyle \begin{equation} \lim_{x \to 0}\frac{\bar{f}(x)}{x^2} = \lim_{x \to 0}\frac{f'(x)-f'(0)}{2x} = \frac{1}{2} \lim_{x \to 0}\frac{f'(x)-f'(0)}{x}  \end{equation}}

が簡単に証明でき、 \bar{f}(x) g(x)= x^2 の間の無限小バトルは「 f(x) x=0 における2階微分可能性」に帰着できるのです。

このように、無限小バトルは高階導関数にも自然に繋がっており、さらには偏微分可能性・漸近展開・多様体論の導入などにも繋がっていきます。

まとめ

今回はいつも以上に遊び心を取り入れてみましたが、いかがだったでしょうか?

「無限小」や「微分」の捉え方は人それぞれで、もしかしたら私の考え方は腑に落ちない、という方もいるかもしれません。

そういった意見も含めて、もっと議論が豊かになり、お互いの数学観を深められるような交流を、今後も皆さんとしていきたいと願っております^ ^♪

 

*1:今回は特に、連続関数のみを考えていると思ってください。

*2: aの取り方によって \widetilde{f}は変わるので注意してください。

幾何学Vol.1:図形と「距離」①

こんにちは!ルシアンです。 随分と間が空いてしまい、すみません>_<

 

今回から、「大学数学プレスタディ」の幾何学シリーズを始めていきます^o^

 前回→新企画「大学数学プレスタディ」を始めます! - 新米数学博士の数学談話室

 

 

図形を「イレモノ」に頼らず定義するには…

前回の記事において、「幾何学」シリーズでは

イレモノを用いないで図形を定義する

という目標を掲げました。

 

では、具体的にどうするか。

代数学では、

集合+「なにか」

の形で、新しい概念を定義することがよくあります。

 今回は、まず

図形=集合+「距離」

として、「図形」を定義する方法を紹介します。

 

 

集合における「距離」

はじめに、「集合における『距離』とは何か」を定式化しましょう。

普段私たちが「距離」と呼んでいるものには、次の性質があります。

 

0.ふたつの地点  x,y に対して、「 x y の距離」とよばれる実数  d(x,y) が定まっている。

1. d(x,y) は必ず0以上、つまり  d(x,y) \geq 0.

2.特に、「距離が0」つまり  d(x,y) = 0 となるのは、 x=y のときのみ。

3.距離はどっちから測っても変わらない: d(x,y)=d(y,x)

4.「寄り道をする」=「他の地点  z を経由する」と遠くなる:  d(x,z)+d(z,y) \geq d(x,y)

 

代数学では、身近にある「距離」とよばれるものから、この4つの性質を見いだして、数学に取り入れています。

実際、「集合の上の『距離』」は次のように定義されます。

 

ステップ1:

まず、「考えたい全ての地点」を集合  X としましょう。

そして、「二つの地点」を表すために、

 X \times X := \{ (x,y) \mid  x,y \in X \}

という集合を考えます。(「 :=」という記号は「左の記号を右の意味で定義する」という意味です。)ここで、  (x,y) は形式的に  x y を順に並べたものです。*1 一般に、この  X \times X を「 X 同士の直積集合」と呼んだりします。

 

ステップ2:

次に、実数値関数

 d: X \times X \to \Bbb{R}

を考えます。

つまり、「  (x,y)\in X \times X のそれぞれに、実数  d(x,y) を対応させる」のです。(これが、上の「0番」の性質に対応しています。)

このとき、この関数  d がちゃんと「距離」と呼べるものになるよう、次の条件をみたしていることを要求します。

1.全ての  x,y \in X について、  d(x,y) \geq 0

2.特に、 d(x,y) = 0 \Leftrightarrow x=y

3.全ての  x,y \in X について、  d(x,y)=d(y,x)

4.全ての  x,y,z \in X について、 d(x,z)+d(z,y) \geq d(x,y)

 

これで、集合  X の上の「距離」  d を考えることができました。

このとき、集合と関数の組  (X,d)距離空間、実数値関数  d距離関数とよびます。

 

 

なぜ「集合+距離」が「図形」と思えるのか?

このように、「距離関数」を考えれば、集合 Xの上の「2地点の間の距離」を定められます。

 

では、これで Xは「図形」とみなせるようになったのでしょうか?

この疑問を考えるには、「現代数学の『図形』の捉え方」を知る必要があります。

 

「『点の位置関係』が定まった集合」が「図形」とみなされる

一言で「図形」といっても、その中には直線、円、多角形、曲面、多面体など、様々な対象が含まれていなければなりません。

その、図形と呼ばれるべき対象の「全てに当てはまるものは何か?」という疑問に対し、現代数学

「『点の位置関係』が定まった集合」を「図形」とみなす

という答えを出しました。

 

では、先ほど考えた「距離空間」は、「『点の位置関係』が定まった集合」になっているのでしょうか?

 

距離空間上では、「円」を考えることができる

実は、集合 X距離空間となった時、わたしたちは「円」を考えることが出来るようになります。

実際、ある点 x \in Xと正の実数 \varepsilon \in \Bbb{R}を選ぶごとに、

 C_{\varepsilon}(x):=\{y \in X \mid d(x,y)=\varepsilon \}

と定めれば、 C_{\varepsilon}(x)はまさしく「中心 x、半径 \varepsilonの円」と呼ぶのにふさわしいものになります。

 

さらに、

 U_{\varepsilon}(x):=\{y \in X \mid d(x,y) \lt \varepsilon \}

という部分集合を考えれば、これは「 xとの距離が \varepsilon未満の地点」の集まりということになります。

まさに、現実世界でいう「半径5キロ圏内」のような考え方ができるということですね。

この U_{\varepsilon}(x)を、よく x \varepsilon-近傍とよびます。

 

この考察では「『点の位置関係』が定まった集合か」という疑問の答えとしては不十分かもしれませんが、今後具体的な例を見ていくことで、「距離が生みだす位置関係」を実感できると思います。

 

おわりに

次回は具体的な距離空間の例を考えて、その上の円や \varepsilon-近傍について考察してみたいと思います^ ^

 

更新を待ってくださっていた皆様へ:

ブログの更新ペースを宣言したにもかかわらず、長い間休止してしまって申し訳ありません> <

気持ちが「良い教材を作りたい」という方向に偏りすぎたためか、筆が止まってしまいました…。

改めて初心に立ち返って、このブログは

「私が見つけた数学のコツや勘どころを皆さんとシェアする」

という方針で進めていきたいと思います。

教材としては甘い作りになってしまうかもしれませんが、皆さんと楽しい時間が過ごせれば何よりです^ ^今後ともよろしくお願いします♪

 

 

 

 

*1:この  X \times X を集合と呼んで良いのかどうか、というのは、より厳密な立場での数学の問題になります。気になる方は「数学基礎論」シリーズで一緒に考えていきましょう^ ^

新企画「大学数学プレスタディ」を始めます!

こんにちは、ルシアンです!

今回、新企画「大学数学プレスタディ」を始めることに決めました!(^0^)/

この企画は、大学数学を学びたい全ての人にとって、そのハードルが少しでも下がるよう、高校数学からの中間ステップを提供したい、というものです。

本記事では、大学数学の概観と、企画の概要についてお話します^ ^ 

 

「大学で勉強する数学」とはどんなものか?

ご存知の方も多いかも知れませんが、大学数学(の中でも純粋数学)は、

  • 幾何学…空間や図形の性質を調べる数学
  • 代数学…足し算や掛け算などの「演算」の性質を調べる数学
  • 解析学…関数の性質を調べる数学

の3つに大別されています。

 

これから始める企画「大学数学プレスタディ」では、「幾何学」「代数学」「解析学」の3つのシリーズを並行して進めていきたいと思っています。

(並行といっても、進度は週にどれか1つ、くらいのんびりになる予定です…^^;)

 

今回はそのそれぞれについて、「高校までとどう違ってくるか?」に注目して大まかに話してみます。
「高校数学との違い」を3分野まとめて一言で言い表すと、それは最も根本的な問いかけと、その問いかけに対する現代的な答えから始まるというところです。

 

現代の幾何学は「図形とは何か?」から始まる

高校数学で「図形」というと、何を思い浮かべますか?

直線、円、三角形など色々あると思います。しかし、ここで注目してほしいのは

図形は必ず“イレモノ”に入っていた

ということです。イレモノとは、具体的には「真っ白な平面」、「座標平面」、「座標空間」などでした。

 

でも、ちょっと想像してみて下さい。

例えば、学校の校庭に円や三角形を描くとします。このとき、校庭はイレモノと見なしてよいでしょう。

一方で、宇宙からその校庭を眺めるとしましょう。すると、

「校庭は地球のほんの一部分」

ですよね。そしてさらに、

「地球は宇宙の一部分」

なわけです。

つまり、宇宙をイレモノと見なしたら、地球や校庭は「図形」と見なすことになります。

この様に、立場を変えればイレモノ自体も図形と見なされるという現象が起こります。

 

では、「宇宙のイレモノ」は存在しないのか?存在するとしたら、宇宙はどんな「図形」なのか?また、「『宇宙のイレモノ』のイレモノ」は…?

こうやって考えると、きりのない問題になってしまいます。

 

現代の幾何学では、この問題を

イレモノを用いないで図形を定義する

ということで解決しました。

幾何学」のシリーズでは、この「図形を定義する方法」について探求していきたいと思います。

 

現代の代数学は「演算とは何か?」から始まる

2つの数同士の「足し算」や「掛け算」は、小学校から時間をかけて身につけるため、今さらあえて「演算」などと呼ぶ必要性は感じないかもしれません。

しかし、高校で「ベクトル」を習った時は、

「矢印同士を『足し算する』ってどういうこと!?」

と思った人も多いのではないでしょうか。また、

  • 「ベクトルの足し算」の定義、それで自然なの?
  • 「ベクトルの内積」って、もはやベクトルじゃなくなってるけど、それでいいの?

などの疑問もあり得ると思います。

現代の代数学では、「演算」の概念を抽象化して、ベクトルに限らず様々な現象の中に演算を見いだす、ということをしていきます。

例えば、

等の中にも、「演算」が潜んでいることが知られています。

代数学」のシリーズでは、この「『演算』の抽象的な定義」から話を始めたいと思います。

 

現代の解析学は「実数とは何か?」から始まる*1

高校で学んだ関数は、

  • 1次関数  y= ax +b、2次関数  y= ax^2 + bx +c
  • 三角関数  y= \sin x, y= \cos x, y= \tan x
  • 指数関数 y=a^x、対数関数 y= \log_a x

などがあったと思います。

これらに共通する点は、

「実数 xごとに、実数 y=f(x)を対応させる」

という点でした。

そして、連続性・微分可能性などの「関数のつながり方」などを調べたわけです。

 

では、その“おおもと”である「実数のつながり方」はどうなっているのでしょう?

高校では、次の2つのことを習ったと思います。

  • 実数は数直線上の点と1対1に対応する
  •  \sqrt{2},\piなどは「無理数」とよばれ、「整数÷整数」では表せない。

しかし、実はここには「大きな落とし穴」があります。

というのも、厳密な数学の立場では

数直線は「『実数全体の集合』を図形とみなしたもの」として定義される

のです。したがって、実数を数直線で定義してしまうと、循環論法(循環定義)になってしまう

のです!

したがって解析学では、まず初めに

数直線に頼らずに、「実数全体の集合」を定義せよ

という課題にぶつかります。

 

しかも、有理数全体 \Bbb{Q}

 \Bbb{Q}= \{ \frac{q}{p} \mid p自然数,  q:整数,  p,q:互いに素 \}

のように書き表せますが、「無理数」まで含めると、こんなに単純には考えられません。

解析学」のシリーズでは、このギャップを埋める方法について見ていきたいと思います。

 

3つの分野は「集合論」という土台を共有している

いままで3つの分野を別々に見てきましたが、これらは「集合論」の言葉で記述されるという共通点を持っています。*2

それぞれのシリーズを進める上で「集合論」が必要になった場合は、シリーズ「集合論」として区別して進める予定です。

(いずれ、連載中の「数学基礎シリーズ」と繋がったら楽しいですね^ ^)

 

あとがき

これから展開したい「大学数学プレスタディ」への導入を試みましたが、いかがだったでしょうか?

シリーズ展開はのんびりしたペースになるかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです♪

感想やご要望など、いつでもお待ちしております^o^

 

*1:「極限とは何か?」からでも十分だろう!という声が聞こえてきそうですね。笑 しかし、高校における無理数の扱いが曖昧なことは確かですし、解析学という分野において「実数を定義すること」は大切だと思っています。

*2:各分野の発展系の中には集合論に収まらないものもあります。

基礎論Vol.4:集合が「等しい」とはなにか?

こんにちは!ルシアンです。

今日は、基礎論の続きのお話です。前の記事から10日以上経ってしまってすみません>_<

いよいよ、公理的集合論の「公理系」について紹介していきます。

 

前回のおさらい

まずは、前回のおさらいです。

(前回→基礎論Vol.3:なぜ「公理的集合論」は必要なのか? - 新米数学博士の数学談話室

前回の記事では、次のラッセルのパラドックスを紹介しました。

 

ラッセルのパラドックス \{x \mid x \notin x \}が集合として扱われる「集合論」は、すべて矛盾した理論となる。

 

したがって、「 x \in S \Leftrightarrow x \notin x」を みたすような名詞 Sが集合として扱われないように、慎重に「集合の全体」を定めなければいけないのでした。

そして、これから解説するZFC公理系はその成功例、というわけです。

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では、そのZFC公理系によって定められる公理的集合論について、実際に見ていきましょう。

 

公理的集合論を始める準備

私たちはこの公理的集合論を厳密に定義するために、Vol.1 ,Vol.2で「記号論理学」を用意しました。

なので、これから始める「公理的集合論」も、記号論理学の意味での「理論」として扱えるように、きちんと見ていきましょう。

 

使える「記号」を定める

記号論理学では、使える記号は3種類で、特に理論ごとに定められるのは「特殊記号」でした。

公理的集合論で扱う特殊記号は、重み2の特殊記号「 \in」および「 =」の2つのみです。

したがって、公理的集合論で用いる記号は次のものに限られます。

  1. 論理記号:\tau,\lor,\lnot
  2. 文字:x,y,z,\ldots (未使用の文字は何でも使える)
  3. 特殊記号: \in,=

 

特殊記号「 =」について

 \in」という記号は集合論以外であまり見ないですが、等号「 =」はどの数学でも出てくる、と言っていいほど登場しますよね。

この「 =」という概念が、記号論理学上でどんな意味なのかを見てみましょう。

=」の意味は、次の2つの公理によって定められます。

 

1.文字 x名詞 T,U、および命題 Rについて、「 T=U \Rightarrow (R|_{x=T} \Leftrightarrow R|_{x=U})」は真である。

2.文字 x、および命題 R,Sについて、「 \big( ^{\forall}x, (R \Leftrightarrow S) ) \big) \Rightarrow \tau x R = \tau x S」は真である。

 

公理2は「システム上必要な公理」という趣なので詳しくは述べませんが、公理1は

「『 =』で結ばれた名詞同士は、いくら置き換えても命題の真偽がかわらない」

ということを意味しています。

これはとても大事な公理です。例えば、日常的には「 1+1」はいつでも「 2」に置き換えることができます。しかし記号論理学では、 1+1」と「 2」は異なる記号列(名詞)として定義されます。したがって、「『 1+1=2』は真」という事実と公理1を用いなければ、 1+1」と「 2」を置き換えることすらできないのです。

 

一般に、特殊記号「 =」と、上の2つの公理をもつ理論を等号をもつ理論と言います。  公理的集合論は、「等号を持つ理論」の一つの具体例になっています。

 

「集合全体のあつまり」の導入

今後、前回(Vol.3)のような失敗が起こらないように、「与えられた名詞が集合かどうか」を慎重に議論していきます。そのために、「 \mathcal{S}」という特別な文字を用意して、

「名詞 aは集合である」 \leftrightarrow a \in \mathcal{S}

と対応するように、公理を導入していきます。(この \mathcal{S}は“集合ではない”、すなわち「『 \mathcal{S} \notin \mathcal{S}』は真である」ということが、後々証明できます。)

 

また、今後

「任意の集合 xについて、命題 Pがなりたつ」

といった命題を頻繁に使います。これは、正確には

 ^{\forall}x, \big( (x\in S) \Rightarrow P \big)

と書かれるのですが、これは数学でよく使われている

 ^{\forall}x \in S,  P

という表記と同じ意味なので、今後はこちらを用います。

 

第1の公理:外延性の公理

 それでは、ようやく「第1の公理」の登場です。笑

第1の公理は、外延性の公理と呼ばれる次の公理です。

 

S1.外延性の公理:「 ^{\forall} a,b \in S, \big( a=b \Leftrightarrow \ ^{\forall}x, (x \in a \Leftrightarrow x \in b) \big)」を真とする。

 

記号列だと読み取りにくいかも知れませんが、少し日本語を使って書くと、

「任意の a,b \in Sについて、『 a=b \Leftrightarrow  a bは元を全て共有している』が成り立つ」

ということを意味しています。これは、

集合は、「何を元にもつか」以外の情報をもたない

とも言い換えることが出来ます。

つまり、「集合 aを調べる」といったときは、 aの元は何か」だけ気にすればよいということです。

 

 「この公理がいかに重要か」ということは、第2の公理「空集合の存在公理」を導入したときにまた実感できると思います。

 

あとがき+今後の更新頻度について

今回は第1の公理「外延性の公理」を導入しました。あまり具体的な話はできなかったのですが、「数学において『 1+1 =2』は当たり前じゃない」ということが伝わったなら嬉しいです^ ^!

 

今日は、今後の「数学基礎シリーズ」の更新頻度について少しお話したいです。

もともと、このシリーズは

「数学をすごく厳密なところから、じっくり解説したい!」

という思いで始めており、また前提知識は要らないように書いてきました。

しかし、内容の抽象度が高く、なかなか多くの人に親しんでもらえるように解説するのは難しいと感じています…。

 

そこで、今後このシリーズの更新頻度は「2週に1回程度」でやっていきたいと思います。(楽しみにして下さっている方は、頻度が減ってしまい申し訳ありません…。)

その代わり、このシリーズの合間に、

集合論」「位相論」「群論

などもう少し具体的な数学について、自分なりの解説をしていきたいと思います^ ^

 

最終的には、この「数学基礎論シリーズ」を源流として枝分かれしていく「数学体系」が作れたらいいなぁ、などという大それた妄想をしております。笑

ということで、大変ゆっくりなペースでの更新となってしまいますが、今後も読んでいただければ嬉しいです!どうぞよろしくお願いします♪

 

小話Vol.2:ベクトル場とトポロジー②

明けましておめでとうございます!ルシアンです。

今年もよろしくお願いします^ ^♪

 

今回は、小話「ベクトル場とトポロジー」の続きになります。

前回→小話Vol.1:ベクトル場とトポロジー① - 新米数学博士の数学談話室

 

前回のおさらい

前回は、

問題:与えられた閉曲面上で「零ベクトルが現れないベクトル場」は存在するか?

という問題について考えました。

例えば、下図の左側の、トーラス上のベクトル場には零ベクトルが現れません。

一方、右側の球面上のベクトル場は、北極と南極に零ベクトルが現れています。

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ただし、この右図の例は無数にある球面上のベクトル場のたった一つにすぎません。

上の問いに対して、「球面上で『零ベクトルが現れないベクトル場』は存在しない」という結論を出すためには、無数にある全てのベクトル場を調べなければならないのでした。

しかし、この問題は「オイラー数」を用いた次の定理により、あっさりと解かれてしまうのでした。

 

定理:任意の閉曲面 Sについて、次のことが成り立つ。

 S上で「零ベクトルが現れないベクトル場」が存在する \Leftrightarrow  Sオイラー数は0

 

本日はこの定理の証明について、少し詳しく探ってみたいと思います!

 

球面上の“とても惜しい”ベクトル場

球面の上だけでベクトル場を考えようとしても、なかなか正確な議論はできません。

そこで、球面

 S^2=\{(x,y,z) \in \Bbb{R}^3 \mid x^2 + y^2 +z^2 =1\}

を、平面

 \Bbb{R}^2 =\{(x,y,z) \in \Bbb{R}^3 \mid z=0 \}

に写し取って、平面上の議論に置き換えることを考えてみましょう。

 

ここでは特に、北極 (0,0,1) \in S^2を基準に写し取る方法を考えます。これは、次の手順で行うことが出来ます。

  1.  S^2上の点 (x,y,z) \neq (0,0,1)を一つとります。
  2. すると、 (x,y,z) (0,0,1)を通る直線 lが定まります。
  3. この直線 l \Bbb{R}^2は点 (\frac{x}{1-z},\frac{y}{1-z},0)で交わるので、 f_N(x,y,z):=(\frac{x}{1-z},\frac{y}{1-z},0)と定めます。

このようにして得られる対応 f_Nによって、 S^2 (0,0,1)以外の全ての点を、 \Bbb{R}^2の点に写し取ることができます*1

 

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実は、この対応 f_Nを使うと、“とても惜しい”ベクトル場を作ることができます。

どういうことかというと、「 (0,0,1)以外では零ベクトルが現れないベクトル場」を作ることが出来るのです。

実際に手順を見てみましょう。

  1. まず、 \Bbb{R}^2に、「零ベクトルが現れないベクトル場」を描き込みます。(例えば下図左のように、全ての点にx軸方向の単位ベクトルを乗せます。)
  2. 次に、 f_Nを使って、 S^2上にそのベクトル場を書き写します。(下図右)
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この手順を踏めば、数学的にも厳密に「 (0,0,1)以外では零ベクトルが現れないベクトル場」を作ることができます。

 

しかし、最初に紹介した定理のことを考えると、このベクトル場を (0,0,1)の上にまで拡張しようとすれば、

 (0,0,1)に乗っかるのは絶対に零ベクトルでなければならない

という現象が起こることになります。一体、 (0,0,1)では何が起こるのでしょうか?

 

ベクトル場を「別の対応」で観察する

 (0,0,1)についてもっとよく観察するために、 f_Nとは別の対応を考えてみましょう。

といっても、考えるのは北極 (0,0,1)を南極 (0,0,-1)に置き換えるだけです。

式としては、 f_S(x,y,z):=(\frac{x}{1+z},\frac{y}{1+z},0)にあたります。

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こうすると、(0,0,-1)が写せなくなる代わりに、(0,0,1)は原点に写され、その周りもよく観察できるようになります。

 

 では、実際に観察してみましょう。ここでは見通しをよくするために、 \Bbb{R}^2内の円周 S^1 = \{(x,y,0)\in \Bbb{R}^2 \mid x^2 + y^2 =1\}の近くに着目してみます。

まず、 S^1の近くのベクトル場を f_Nで書き写すと、下図のようになります。

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ここで、左図の黄色い面は、右図では球面の内側に移ることに注意してください。

次に、このベクトル場を f_Sで書き写せば、下図のようになります。

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このときは、左図の外側が右図の緑面に移っています。

ちょっとこの変形を注意深く見てみましょう。

始めの黄色い絵では、全てのベクトルが一斉に右を向いています。しかし、 f_N, f_Sによって書き写していくと、最後の緑色の絵ではベクトルはぐるぐると回ってしまっています。

 

特に、よく観察してみると、円を一周する間にベクトルは2周しています

よって、このベクトル場を原点(0,0,0)=f_S(0,0,1)まで延長しようとしても、

原点の周囲でベクトルが激しく回転しているため、原点でのベクトルの方向が定まらない

という現象が起こり、

ベクトルの大きさを0にするしかない

という結論に至るのです。

 

この現象は、

球面上のベクトル場は、平面と比較すると“2周分だけ捻れている”

という事実を象徴しています。そして、この「2」というのが、オイラー数によって決まっているのです。

実際、

オイラー数が nの閉曲面上のベクトル場は、平面と比較すると`` n周分だけ捻れている"

という事実が成り立ちます。

ただ、この“ n周分だけ捻れる”ということの厳密な定義や、「なぜこのn周がオイラー数と一致するのか?」という根本的な疑問を解決するためには、色々な数学を準備する必要があります。

 

あとがき

今回、2回にわたって「ベクトル場とトポロジー」というテーマでお話してきましたが、いかがだったでしょうか?

この記事が、トポロジー多様体論などに興味を持っていただくきっかけになれば嬉しいです^ ^

今回の記事は、

を参考に書いています。

 

この後は、少し詳しい方向けの付録です^ ^

 

付録:数学的背景について

多様体論を学んだ方ならお気づきだと思いますが、今回の記事では「球面の局所座標系」を暗に考察に用いています。

特に、図で説明していた座標変換 f_S \circ f_N^{-1} については、式で考えると非常に明快で気持ちが良いです!実際、

 f_N^{-1}(x,y,0)= \left( \frac{2x}{1+x^2+y^2},\frac{2y}{1+x^2+y^2}, \frac{x^2+y^2-1}{1+x^2+y^2} \right)

となりますが、極座標を用いれば、

 f_N^{-1}(r \cos \theta,r \sin \theta,0)= \left( \frac{2r \cos \theta}{1+r^2},\frac{2 r \sin \theta}{1+r^2}, \frac{r^2-1}{1+r^2} \right)

ここに f_S(x,y,z)= \left( \frac{x}{1+z}, \frac{y}{1+z} \right)を合成すれば、

 f_S \circ f_N^{-1}(r \cos \theta,r \sin \theta,0)= \left(\frac{1}{r}\cos \theta, \frac{1}{r} \sin \theta , 0 \right)

となり、まさに「円環領域の裏返し」が起こっているとわかります。

他にも、 f_S \circ f_N^{-1}ヤコビアンを計算して、 \frac{\partial }{\partial x}の像を円周に沿って動かしていくと2周ぐるぐる回る様子が記述できます。

よかったらやってみてください^ ^♪

 

*1:この記事における「対応」という言葉は、いわゆる「同相写像」を指しています。

雑記Vol.1:このブログが目指すところ

こんにちは!ルシアンです。

まだまだ始まったばかりのブログですが、沢山の反響をいただきありがとうございます!

このように、数学の気づきや感動を共有できることが嬉しくて、次の記事やシリーズの構想が溢れてきてしまい、嬉しい悲鳴をあげております。笑

 

今日は数学の議論から離れて、「高等数学を学ぶ難しさ」に対する私の考えと、このブログが目指している役割についてお話したいと思います。

 

「高等数学を学ぶ難しさ」について

ここでお話したい「高等数学」というのは、高校までに教わらない数学ということにしたいと思います。具体的には、集合論・位相論・微分積分学線形代数学や現代的な代数学解析学幾何学など、大学以降で講義されている数学です。

私はTwitterを始めて、これら高等数学について知りたいという方が沢山いることに驚き、また感動しました。なんとかしてその力になりたいと考えております。

それで、現状の「高等数学を学ぶ難しさ」について色々考えたのですが、大きく分けて次の2つのパターンが多いように感じられました。

パターン①:記述や説明が難しすぎて、面白さを味わう前に力尽きる。

数学の専門書や大学の講義、またネットにある「誰かのまとめノート」のpdfなどがこのパターンにあたると思います。

これは、数学そのものが難しいというよりは、次のことが原因だと感じます。

  • 「この分野について書くからには、この定理までたどり着かないと」という著者の思いが強く、本命の定理までストレートに書き進めようとする。その結果、それまでに導入される概念は「物語」もなく唐突に現れることになってしまう。
  • 個々人の「数学の捉え方」を尊重するために、筆者は主観的な記述を避け、よく用いられる例や誰もが認める捉え方の解説にとどめようとする。その結果、「捉え方」を十分に持ち合わせていない人にとって、非常にヒントが少ない状況になってしまう。

パターン②:数学の「おはなし」で終わってしまい、自分で納得するまで確かめられない。

数学を扱った一般書や啓蒙書、セミナーなどにみられるパターンだと思います。

これは、もともと誰に話してもいいように準備されていることに起因しているのではないかと思っています。その上、「もう少し厳密に考えてみたい!」と思っても、その声はなかなか届かないので、結局次のステップに踏み出せず、悶々として終わってしまうことになったりします。

 

このブログが目指すところ

私がブログを始めると決めたとき、上に書いた「難しさ」を解決してみたい!と思いました。具体的には、次のことを心がけたいと思っています。

1.「本命の定理」を決めずに、各理論の各概念に「物語」をもたせて、一つ一つを味わう。

これは登山に例えると分かりやすいかもしれません。多くの専門書が「頂上にたどり着くための最短ルート」について解説しているとすれば、私のブログは「中腹までの楽しいハイキングコース」を教えることが目的です。もしくは、「ベースキャンプで体を慣らす」という役割も担えると思っています。

2.積極的に、自分が思う「捉え方」を伝えていく。

私も「個々人の『数学の捉え方』を尊重する」ことには賛成なのですが、それを誰もが自発的に持てるとは思っていません。

実際プロの数学者でも、一人でいくら頑張っても読み進められない論文が、分かっている人と直接話したらあっという間に読めるようになってしまった、という経験がざらにあります。

なので、独学でがんばろうという方々にとって、「数学の捉え方」が自分で持てるまでのよりどころにできるような内容にしたいと思っています。

3.読者の方との議論を通して、記事の内容や難易度を決めていく

私のブログの記事も、基本的には「なるべく多くの人が分かる内容」を目指して書かれております。しかし、出版物とは違って次の内容はどうにでもできるので、読んで下さった方の声をどんどん反映したいと思っております。

例えば、当初は数学基礎論の流れで「集合論」「位相論」を話していこうと思っていたのですが、「そもそも基礎論の記事が難しい」という意見もいただいております。笑

それを受けて、基礎論からの流れだけにとらわれず、「幾何学集合論」だとか、集合論が他分野でどんな意味を持つか等についても並行して話していきたいなと思っております!

 

まとめ

なんだかマニフェストのような記事になってしまいましたね(>_<)笑

このような話を書くよりは、具体的な数学の話の方が求められているのかな?とも思ったのですが、一度私の想いを言葉にしてみたいな、と思いました。

また、博士号取得まで数学をやってみて感じた「高等数学を学ぶ難しさ」をシェアすることで、皆さんにはもっと苦労なく勉強してほしい!という願いもあります。

少しでもこの願いが叶うなら幸いです。

 

それでは、次回はまた数学の議論に戻りたいと思います。是非ご付き合いいただければ嬉しいです^ ^♪