新米数学博士の数学談話室

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数学基礎論からじっくり議論するブログです。

基礎論Vol.3:なぜ「公理的集合論」は必要なのか?

メリークリスマス!

こんにちは、ルシアンです。

前回は予定を変更して、記号論理学の解説を少し掘り下げてみました。

(前回→基礎論Vol.2:もう少しだけ記号論理学 - 新米数学博士の数学談話室)

その内容をまとめると、次のようになります。

 

  • 記号の種類は3種類。論理記号は全ての理論で、特殊記号はそれぞれの理論で最初に定められる。文字は自由に設定できる。
  • 数学で用いることが出来る「名詞」と「命題」は、記号列でなければならない。
  • 記号列は、5つのルールにしたがって、順次構成することしかできない。
  • 「証明」は、公理から順番に「真」の命題を増やしていく事で与えられる。
  • 全ての数学で、5つの論理学の公理があらかじめ設定されている。

 

今回からはいよいよ、「公理的集合論」について議論していきたいと思います。

 

記号論理学で、 素朴に集合の定義を考えると…?

まず、高校での集合の定義をもう一度思い出してみると、

「定義が具体的に示されているモノの集まり」

というものでした。

この定義を見ると、次の概念を記号化する必要がありそうです。 

  • 「モノ」
  • 「具体的な定義」
  • 「モノの集まり」

 

これらに対して、私たちは相応しいであろう答えを、すでにもっています。つまり、

  • 「モノ」

→全ての名詞 Tを「モノ」とみなす。

  • 「具体的な定義」

→命題 Pについて、「 P|_{x=T}が真となる名詞 T全体」を集合の定義にする。*1

  • 「モノの集まり」

→重み2の特殊記号 \inを導入して、「 T Sの元」であることと「  T \in Sが真」であることが同値になるようにする。*2

としてみれば、とても素朴に集合が定義できそうです。

 

実は、この考えはあながち間違っていません。実際、

‘‘公理”:任意の命題 Pについて、「 ^{\exists}S, ^{\forall} x, (\ x \in S \Leftrightarrow P) 」を真とする。

 (すなわち、 P|_{x=T}をみたす名詞 T全体の集合 Sが存在する)

 を導入すれば、いわゆる「ZFC公理系」はすべて、ごく自然に満たされるのです!

 

しかし、この‘‘公理”にはとんでもない落とし穴が潜んでいます。というのも、この公理による集合論矛盾した理論になってしまうのです。

 

集合論の落とし穴:ラッセルのパラドックス

記号論理学における「矛盾」とは?

「落とし穴」について解説する前に、まずは「矛盾した理論とはなにか?」についてお話したいと思います。

 

記号論理学では、公理系を一つ選ぶごとに、どの命題が真になるかが確定します。

では、真でない命題は「偽」となるんでしょうか?

実は、そうとも言い切れないのです。どういうことか見ていきましょう。

 

記号論理学の初めに、論理記号 \lnotを導入しました。これを用いることで、

「命題 Pが偽」

であることは

「命題 \lnot Pが真」

であることとして定義されます。

一方で、ある公理系の命題が真かどうかは、公理から「証明プロセス」によってその命題にたどり着けるかどうかで決まっていました。

これは、

 P \lnot Pが真かどうかは独立である 

つまり

 P \lnot Pはともに真になり得る

 ということを意味しています。

 

 一般に「P \lnot Pの一方は真で、もう一方は真ではない」という規則を無矛盾といいます。

記号論理学では、P \lnot Pが真であることの定義が独立しているため、一般に無矛盾律が成り立つことは保証できないのです。

 そこで、矛盾した理論を次のように定めます。

 

  • 定義:与えられた公理系において、ある命題 Pとその否定 \lnot Pの両方が真であると証明できるとき、その公理系を矛盾した理論とよぶ。

 

この矛盾した理論というのがどれくらいまずいかというと、「全く使い物にならない」ということが分かります。実際、次のことが確かめられます。

 

  • 事実:矛盾した理論においては、全ての命題が真となる。

(この事実の証明は、本記事の付録にしたいと思います。)

 

これは、「全ての命題とその否定の両方が証明できる」ことを意味しているため、結局ひとつも真偽の結論を下せない理論という事になってしまいます。

 

よって、今考えている集合論も、「ZFC公理系」を満たすどころか、ZFC公理系の否定も含めてすべての命題とその否定が証明されてしまう「結論のない理論」ということになってしまいます。

 

ラッセルのパラドックス

 それでは、今考えている集合論が「矛盾した理論」であることを、実際に証明してみましょう。

 

1.まず、文字 xに対して命題「 x \notin x」を考えます。

(正確には「 \lnot (x \in x)」という命題です。)

 

2.次に、上述の‘‘公理”を使って、命題 x \notin xに対応する集合 Sを得ます。普段の表記だと、 S

 S=\{x \mid x \notin x \}

という集合です。

 

3.一方、 S自身も名詞ですから、「 S \in S 」は命題です。ここで、次の事実を証明しましょう。

 

事実:  S \in S  S \notin S はともに真。

[証明]  まず、論理学の公理系から、

  • 全ての命題 Pについて、 P\lor \lnot P  \lnot P\lor P は真である。
  • 全ての命題 Pについて、 P \Rightarrow P は真である。
  • 場合分けの証明法:命題 A\lor B A \Rightarrow C B \Rightarrow Cが全て真ならば、命題 Cも真である。

 の三つの事実が確かめられます。(普段ならどれも当たり前に思える推論ですね。)

これらを組み合わせると、次の事実が分かります:

  •  P \Rightarrow \lnot Pかつ \lnot P \Rightarrow Pが真ならば、 P \lnot Pはともに真である。

(例えば、 Pが真であることを示したければ、 A= \lnot P, B = C=Pを代入してみてください。)

 したがって、ここでは「 S \in S \Rightarrow S \notin S かつ S \notin S \Rightarrow S \in S 」が真であることを証明できればよいという事になります。

しかし、これも簡単に証明できてしまうのです。なぜなら、 Sの定義から全ての名詞 Tについて

 T \in S \Leftrightarrow T \notin T

が真となり、この T Sを代入すれば

  S \in S \Leftrightarrow S \notin S

が真となるからです。命題「 P \Leftrightarrow Q」はそもそも「 P \Rightarrow Q かつ Q \Rightarrow P

という命題の略記であるため、上の考察から題意は示されました。

(証明終了)

 

 これで、今考えている集合論が「矛盾した理論」であることが証明できてしまいました。

この議論を一般化すると、次のラッセルのパラドックスが得られます。

 

ラッセルのパラドックス \{x \mid x \notin x \}が集合として扱われる「集合論」は、すべて矛盾した理論となる。

 

ラッセルのパラドックスを回避するには?

今回考えた集合論が矛盾してしまった原因はどこにあったのか、振り返ってみましょう。

それは、 \{x \mid x \notin x \}を集合として扱ってしまった、つまり集合の定義が広すぎたということが問題だったと言えます。

なので、この問題を回避するためには集合の定義を狭める必要があるということになります。

しかし一方で、集合の定義を狭めすぎてしまうと、実数全体の集合 \Bbb{R}など、集合として扱いたいモノが定義からはみ出てしまうという別の問題が発生してしまいます。

したがって、この挟み撃ちをクリアできる集合論を考えなければならず、それに成功したのが「ZFC公理系」によって定められる公理的集合論なのです! 

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おわりに

今回はラッセルのパラドックスを通して、「公理的集合論の必要性」を解説してみましたが、いかがだったでしょうか?

問題に板挟みにされ、その解決に苦心した数学者たちの姿が垣間見えたなら本望です。

 

次回からは、ZFC公理系の各公理について、順番に紹介していきます。

また、記事を準備しながら思ったことについての雑記や、自分の得意な位相幾何学に関する小話なども、今後は混ぜていく予定です。

意見、感想、リクエストなどは本記事やツイッターでコメントください^^♪

 

このあとは付録です。

 

 付録:「矛盾した理論においては、全ての命題が真となる。」の証明

[証明]まず、矛盾した理論であることから、「 A \lnot Aがともに真」となる命題 Aが存在します。この Aを用いて、任意の命題が真であることを証明しましょう。

(論理学の公理や「証明」のルールについては、前回の記事をご覧ください。)

 

 Bを任意の命題とします。このとき、論理学の公理2により

 \lnot A \Rightarrow \lnot A \lor B

は真となります。また、 \lnot Aも真であることから、「証明」のルール2により \lnot A \lor Bも真であることが分かります。

ところで、 \lnot A \lor Bは「 A \Rightarrow B」の定義だったわけですから、命題 A \Rightarrow Bが真だということになります。

ここで、 Aも真であることから、再び「証明」のルール2によって Bが真であるとわかります。 (証明終了)

 

 

 

*1: Pが文字 xを含まないときは、 P|_{x=T} Pと同じ命題になります。

*2:  T \in Sは、記号論理学的には \in T Sと書くのが正しい表記ですが、必要な時に置き換えることにしておけば問題はありません。