新米数学博士の数学談話室

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数学基礎論からじっくり議論するブログです。

基礎論Vol.2:もう少しだけ記号論理学

こんにちは!ルシアンです。

前回は

  • 数学基礎論とは「違う言葉で書かれた数学を『翻訳する』ための方法論」である。
  • 具体的には、数学で扱う全てのモノ・命題・推論などを「記号の列」に置き換える。
  • この置き換えのルールは「記号論理学」によって定められている。

ということについてお話ししました。

(前回→基礎論Vol.1:そもそも「数学基礎論」とはなにか? - 新米数学博士の数学談話室)

 

前回の最後に、次回は「なぜ『公理的集合論』は必要か?」というテーマで書くと言いましたが、あまりに記号論理学がブラックボックス過ぎるのも分かりづらいなと思い直しました。

ということで、今日は記号論理学についてもう少しだけ掘り下げたいと思います。

※内容が少しマニアックかもしれません。最後に「まとめ」を設けるので、面倒な方はそれだけ見て下さい(^^)

 

記号の種類

 まずは、前回全く述べなかった、記号列を成す記号たちについて紹介します。

実のところ、記号は次の3種類しかありません。

 

1.論理記号:\tau,\lor,\lnot

全ての理論で導入される、もっとも基本的な記号です。意味は後述します。

2.文字:x,y,z,\ldots 

意味を持たない「名詞」です。例えば、1つの命題の中でxを一斉に「Aくん」に取り換えても命題の真偽は変わりません。

3.特殊記号: =,\in, \subset,  \ldots

各理論ごとに導入される記号です。それぞれに重みという自然数*1が設定されています。重みの意味は後述します。

 

記号列の構成ルール

上の3種類の記号を並べて「記号列」を作るわけですが、デタラメに並べたものは「記号列」とは認めません。

記号列の作り方は非常に制限されていて、たった5種類しかありません。このルールを有限回適用して得られる列のみが「記号列」と認められます。

また、記号列には

  • 「名詞」に当たるもの
  • 「命題」に当たるもの

の2種類があり、以下のどのルールを使うかで、得られた記号列が「名詞」か「命題」かが決まります。

 

1.一つの文字を「名詞」の記号列とみなす。

ただし、ここでいう「文字」は記号の種類を指しています。

2. Aという命題があったら、列 \lnot Aも「命題」の記号列とみなす。

 \lnot Aは「 Aの否定」にあたる命題です。

3. A,Bという二つの命題があったら、列 A \lor Bも「命題」の記号列とみなす。

 A \lor Bは「 Aまたは B」にあたる命題です。

4.文字 xを含む命題 Aがあったら、列 \tau x Aを「名詞」の記号列とみなす。

 \tau x Aは「命題 Aにおける xの役割を果たすもの」という名詞です。見慣れないかもしれませんが、この名詞から存在記号 \existsと任意記号 \forallの両方を作り出すことができます。

5. n個の名詞 A_1, A_2,\ldots, A_nと重み nの特殊記号 sがあったら、列 sA_1A_2\cdots A_nを「命題」の記号列とみなす。

 例えば、 =,\in, \subsetは全て重み2の特殊記号で、命題「=A_1A_2」は普段の記法だと「 A_1=A_2」を意味します。

 

「本当にこの5つのルールだけで、全ての数学に必要な『名詞』と『命題』が作れるの?」

と思うかもしれませんが、それができてしまうのです。(作った人達天才すぎる…)

たとえば、

  •  Aかつ B :=   \lnot\left( (\lnot A) \lor (\lnot B)\right)
  •  A \Rightarrow B :=  (\lnot A) \lor B
  •  ^{\exists}x, A(命題 Aを満たす xが存在する)」 :=  A|_{x=\tau x A}
  •  ^{\forall}x,A(任意の xについて Aが成り立つ)」 :=  \lnot (\lnot A|_{x=\tau x\lnot A})

などと表すことが出来ます。*2

ただし、 A|_{x=\tau x A}は命題Aの中の xを全て \tau x Aで置き換えて得られる列です。*3 

 

記号列の運用法:記号論理学における「証明」とは何か?

これで、現代数学において扱うことのできる「名詞」と「命題」の限界を定めることが出来ました。

しかし、今のままでは使用可能な‘‘言葉”が定まっただけであって、

「与えられた仮定から推論を繰り返し、結論を導く」

という証明のプロセスがはっきりしていません。

そこで、記号論理学における「証明」を次のように定めます。

 

1.いくつかの命題*4を公理に設定する。

2.公理に設定された命題は「真」と考える。

3.命題  Aと「 A \Rightarrow B」が「真」であるとき、命題 Bも「真」とする。

4.2と3を有限回適用して命題 Pが「真」とされたとき、真と認められた命題を順に並べたものを「 Pの証明」とよぶ。

 

これで、「名詞」や「命題」のみならず「証明」さえも記号の列にすることができました…!

 今後、数学の定義・主張・証明などに曖昧さを感じたときは、上述の記号列の意味で正しいかどうかをチェックすればよいことになります。

 

論理学の公理系

最後に、論理和 \lor,否定 \lnot,存在記号 \existsが本来の意味を持つように、「論理学の公理系」を定めれば完成です。

この「論理学の公理系」は今後全ての数学で仮定されているものとなります。

(この先深く踏み入らないので読み流してOKです。)

 

1.命題 Aについて、「 A \lor A \Rightarrow A」を公理とする。

2.命題 A,Bについて、「 A \Rightarrow (A \lor B)」を公理とする。

3.命題 A,Bについて、「 (A \lor B) \Rightarrow (B \lor A)」を公理とする。

4.命題A,B,Cについて、「 (A \Rightarrow B) \Rightarrow \left( (C \lor A) \Rightarrow  (C \lor B)\right)」を公理とする。

5.命題 A、名詞 T、文字 xについて、「 A_{x=T} \Rightarrow ( ^{\exists}x, A)」を公理とする。

 

これらの公理に上述の「証明」のプロセスを適用して得られる「真」の命題が、今後証明の中で用いることができる「推論」ということになります。

 

 まとめ

 今回は様々なルールを具体的に書き下したため、追うのがやや面倒な内容になってしまったかもしれません。

しかし、このプロセスを知るだけでも現代数学の価値観が垣間見えると思うので、見出しだけでも追ってもらえれば嬉しいです^^

 

今日の議論をまとめると、以下のようになります。

  • 記号の種類は3種類。論理記号は全ての理論で、特殊記号はそれぞれの理論で最初に定められる。文字は自由に設定できる。
  • 数学で用いることが出来る「名詞」と「命題」は、記号列でなければならない。
  • 記号列は、5つのルールにしたがって、順次構成することしかできない。
  • 「証明」は、公理から順番に「真」の命題を増やしていく事で与えられる。
  • 全ての数学で、5つの論理学の公理があらかじめ設定されている。

 

次回からはいよいよ、準備した記号論理学の上で「集合論」を展開していきたいと思います。そのプロセスには様々な困難やドラマがあるので、それらを一緒に体験できればうれしいです!

 

 ※今回の話は全て

をもとに書いていますが、より直観的に理解できるようにするため、言葉遣いや記法には手を加えています。ご自分で読まれる際はご注意ください。

 

 

 

 

*1:ここでいう自然数は数学的対象ではなく、単なる個数です。

*2:記号列内の括弧は見やすさのために入れているもので、本来はありません。

*3:一般に、命題内の文字に他の名詞を‘‘代入”した列はつねに「命題」の記号列になります。

*4:シェーマという概念を用いることで、有限個のルールから無限個の命題を公理に設定することができます。